ディペイズマン(depaysement) は、「エクリチュール・オートマティック(自動記述)」と並ぶシュルレアリスム芸術(美術・文学)の主要な方法論です。
「depaysement」は動詞「depayse」からくる名詞で、動詞「depayse」は、「de:分離・剥奪」と「pays:国、故郷」から構成されています。
ここからディペイズマンの元々の意味は「ある国から引き離して他の国へ追放すること」を指します。
そして、シュルレアリスム芸術の文脈では、「本来の環境から別のところへ移すこと、置き換えること。本来あるべき場所にないものを出会わせて違和・驚きを生じさせること」と解されています。
シュルレアリストたちは、ディペイズマンの起源をロートレアモン伯爵の『マルドロールの歌』(1869)に登場する一文、「そしてなによりも、ミシンとコウモリ傘との、解剖台のうえでの偶然の出会いのように、彼は美しい!」に見出していました。
シュルレアリスム美術の代表例としては、ルネ・マグリットやサルバドール・ダリの作品が挙げられます。たとえばマグリッドの有名な作品には、昼の青空の下に夜の街が描かれた『光の帝国』、青空の下に広がる大海原の上に浮かぶ大きな石という構成の『石』などがあります。
私は、新しい価値を創出する(広義のビジネス・イノベーション)ための手段として、「ある分野で用いられている要素を別の分野に応用・適用・結合する行為ないし試み」をビジネス上の「ディペイズマン」と考えます。この「要素」には材料・部品・製品・生産プロセス・ロジスティクスやSCMなどの製造業のビジネス構成要素だけでなく、収益化や課金システムの仕組みなどの収益モデル、「誰に、何を、どうやって」提供するかの仕組みとしてのビジネスモデルないし事業システム、およびその構成要素、さらには「コンセプト」などが含まれます。つまり、物理的な「モノ」だけでなく無形の「方法」や「概念」も非常に重要な要素と考えます。とくに第3次産業における新サービス・新事業開発では、無形資産としての「仕組み」、「方法」、「概念」の新結合は重要です。また、製造業においても、無形資産は外部から見えないため模倣されにくく(コンセプトはわかりますが)、強力な競争優位の源となります。ディペイズマンのわかりやすい例としては、電子商店街(サイバーモール)や新型サーカスが挙げられます。サイバーモールは、従来型の小売商業施設の“テナント・リーシング”というビジネスモデルをインターネットに移動・応用しました。シルク・ドゥ・ソレイユ(「太陽のサーカス」の意)は、サーカスにミュージカル・オペラ・バレエ・演劇などの舞台芸術の要素を取り込みました。
ディペイズマンという考え方は、「リコンビナント・イノベーション(組み換え結合型の革新)」を実現するための方法論と考えることができます。
「無からの創造」や「個人の天才によるゼロからの創造」というものは神話に過ぎず、革新的な創造は「異なる分野においてすでに存在する要素同士のこれまでに無かった新しい組み合わせ」から生じることが、これまでの様々な研究成果で明らかになっています。「何をどこにディペイズ(マン)するか」は、新たな価値を生み出す上でキーとなります。