アナロジー

アナロジーとは、未知の物事・深く知らない物事を既知の物事に当てはめて推論する思考方法です。

 

似たような概念として、メタファーが あります。この二つの概念の定義は論者によって異なることがありますが、究極的には二つの概念に正確な境界線を引くことは不可能という認知科学の知見があ ります。一方、厳密な境界線は引けなくとも、大方の違いがあるとすれば、一般的にメタファーは対象同士の“直接的な類似性”に注目するのに対し、アナロ ジーは対象間の“構造的な類比”に注目すると言われています。メタファーは未知の物事を推論するのに用いられるというよりは、既知の物事をより精緻に表現 するための修辞的な側面が強いと言えます。

 

メタファーの例として、たとえば「ローズのルージュ」と言った場合、「薔薇で出来た口紅」ではなく「薔薇のように深く鮮やかな赤色の口紅」を表現すると考 えられます。これはルージュ(口紅)という既知のものにローズ(薔薇)という修辞を付け加えることで、“その口紅”の概念をより精緻化していると言えま す。薔薇のもつ“色”という「属性」の“赤”という特徴(これを「値」と言います)を直接的に口紅に写像した修辞表現と言えます。これにより、口紅の色が 「薔薇のように深みのある鮮やかな赤色」であると概念精緻化がなされます。このような修辞的なメタファーは、新製品の新しいコンセプトを複数の人間で共有 する際などに有用なツールとなります。

 

どちらも「AをBに見立てる」という構図は同じです。このとき、未知の対象であるAを「ターゲット領域」(あるいは単にターゲット)、既知の対象であるBを「ベース領域」(もしくは「ソース領域」あるいは単にベース/ソース)と呼びます。

 


 

ところで、概念の精緻化ではなく、何か有益な知見の“発見”といった場合は、どちらかというと物事の“直接的な類似性”よりも“構造的な類比”によってもたらされます。ここから以下ではアナロジーの説明を行います。

 

繰り返しますが、アナロジーとは、未知の対象である「ターゲット領域」を既知の対象である「ベース領域」の知見によって推論する思考です。たとえば、未知の海外市場について、よく知っている国内市場の知見から推論することや、原子と分子の関係性について、太陽と惑星の関係性から推論することを指します。市場における国内と海外の類比は比較的近いカテゴリー同士の類比ですが、原子・分子と太陽・惑星の類比に関してはカテゴリー間の異質性が高い類比と言えそうです。ターゲット領域とベース領域の対象のカテゴリー間の異質性が高ければ高いほど、飛躍的なアイデアに結びつきやすくなります

アナロジーの概念図


 

 アナロジーのプロセス

 

アナロジーのプロセスは、以下のように進められます。

  1. ターゲット領域における課題の認識
  2. 観点(目的・目標)の設定
  3. 観点に基づく構造の抽象化
  4. ベース領域の選定
  5. 構造のマッピング
  6. ターゲット領域における未知の部分の解決

 

ターゲット領域には、様々な属性が互いに複雑に関係を持っており、その関係の構造はある意味無限にありえてしまいます。そこで解決したい課題、問題意識、目的、関心、などの“観点”をもつことで、その観点に基づいた特定の構造が抽出されます。この構造は、特定の具体的な属性同士の関係を抽象(化)したものです。したがって、ある観点に基づいて他の属性は捨象されることになります。

 

この段階で、ターゲット領域からある“意味”を持った“構造”が浮かび上がってきます。ターゲット領域は必ずしも未知の新しい物事の出会いとは限りません。既知の物事でも、ある観点に基づけば未知の側面が浮かび上がってくることがしばしばあります。この場合もアナロジーの対象としてのターゲット領域になります。むしろ成人による思考の場合は、このようなケースのほうが多いと言えます。

 

次に、この構造と類似の構造をもつ物事がないか、既知の物事を検索します。既知の物事の記憶は膨大ですが、これも関心相関的観点に基づいて既知の領域を検索することで、無限大の記憶探索は避けられます。そうしてターゲット領域の構造と類似した構造が既知の記憶から見出されれば、それがベース領域となります。

 

そして、ターゲット領域にベース領域の構造をあてはめることをマッピング(写像)と言います。このとき、ターゲット領域の未知の部分をベース領域の既知の構造をマッピングすることで補完的に推論することをキャリーオーバーと言います。まさしく、“持ってくる”といった操作です。しかし、カテゴリーの異なる領域間の類比であるので、同じものをそのまま持ってくるのではなく、あくまで推論するという行為です。

 

このような手順で、ターゲット領域の未知の部分をベース領域の既知の知見を用いて推論する行為がアナロジーです。

アナロジー・マッピング(写像)


 

構造の抽出と関心相関性

 

ところで、あらためて“構造”とは何でしょうか。アナロジーにおいて構造とは、「属性と属性の関係の在り方」と言えます。

 

一般的にベース領域とターゲット領域の対応について、しばしばメタファーは“点対応”、アナロジーは“面対応”と言われるのは、一般的な解釈としてアナロジーが複数の属性の関係性をマッピングする行為と言われるからです。そして重要なことは、この“構造”というのは、所与のものとして客観的に存在する実体でもなければ、目に見えるものではありません

 

当事者が関心相関的に解釈した観念です(この考えは現象学にも通じます)。したがって、ターゲット領域の未知の部分を解決したい場合、いかに優れた視点で対象を解釈して意味ある構造を抽出できるかがキーポイントとなります。なぜなら、参照されるベース領域もその構造において参照されるからです。そして、この構造の導出力こそが、アナロジーの推論としての質、ひいてはアイデアの画期性と妥当性を左右する根幹となります。


 

飛躍的ソリューションをもたらす3つのポイント

 

市場競争上注目されるアナロジーの力とは、従来型のロジカル・シンキングでは導き出せなかった飛躍的な解決策やアイデアを導き出す力です。

では、飛躍的なソリューションを導き出すアナロジーとは、あらためてどのようなものでしょうか。

 

それには、以下の3つのポイントを抑える必要があります。

 

1.ベース/ターゲット間の(カテゴリーの)異質性

一見すると異質な、意外性の高い組み合わせほど、それがうまく融合した時には画期的なイノベーションに結び付きます。そのような異質なカテゴリー間でのマッチング可能性を高めるためには、高いレベルでの構造の抽象化が必要となります。

 

2.構造の抽象化レベル

抽象化された構造とは、ある観点における対象の本質のことです。一見、一般的なカテゴリー上は異質な対象同士であっても、その構造に類似性を見出すためには、抽象化のレベルを高めることで、他の対象への応用範囲が広がります。たとえばセキュリティ・ソフトという市場カテゴリーの製品は、観点によって複数の本質を抽出し抽象化することができます。以下の例では右に行くほど抽象度が高く、応用範囲が広がります。

セキュリティ・ソフト<ソフトウェア<IT

セキュリティ・ソフト<セキュリティ<リスク・マネジメント

 

3.構造の独創性

繰り返しますが、構造とは所与の客観的実在ではなく、個人や社会が独自に解釈した観念にすぎません。したがって、ある人に見える構造は他の人に見えない構造である可能性が往々にしてあります。意味のある構造の導出可能性を高めるには、様々な視点と着眼点を切り替えて多面的、多角的に対象の意味を検討・把握する能力が求められます。別ページにて解説している現象学的還元は、優れた構造を見出すための一助となるでしょう。


 

ビジネスへのインプリケーション

 

さて、アナロジーには、四項類推と呼ばれるものがあります。これは「A:B = C:D」あるいは、「A:B = A’:B’」と表現できるもので、構造を2つの属性の比例関係として解釈した比較的単純な類推の型です。たとえば、「自動車:アクセル=自転車:ペダル」という類比関係です。この四項類推は単純であるがゆえに、ビジネスにおいても一種のフレームワークとして用いやすいと言えます。実際は、自転車の例ほど単純な事例はビジネスではあまりありませんが、基本的な構図は同じです。

 

たとえば、カーシェアリングというビジネスモデルがあります。これは、ステーションと呼ばれる場所にレンタル業者が配備したクルマを登録ユーザーが複数人でタイム・シェアリングする仕組みとなっています。カーシェアリングの本質を、「タイム・シェエアリングによる経済的なクルマの利用」と捉えたとき、従来のビジネスモデルを検証し、別のビジネスモデルの可能性を検討してみるとします。そのとき、従来のカーシェアリングの仕組みを、「“何か”(ここではクルマ)を受け渡しするネットワーク」という構造として抽象化して捉えたとします。すると、類似構造として情報ネットワークにおけるクライアント/サーバ・システムが妥当してきます(もちろん、他のカテゴリーでも妥当するものはあるかもしれません)。これは、“何か”を情報、あるいはビット、と置き換えてみたものです。すると、ネットワーク構造の在り方として、別の可能性があることに気付きます。クライアント/サーバ・システムの対極としては、P2Pシステムが考えられます。クライアントを介さない、ピア同士のネットワークです。さて、ここまでの思考過程から、次のような比例式が成り立ちます。

 

クライアント/サーバ・システム : P2Pシステム = 従来型カーシェアリング・システム : X

 

このXに何が当てはまるかを、P2Pシステムの類比において推論します。すると、サーバ的な存在としてのステーションを介することなく、個人の保有するクルマを個人が借りるという、まさしくピアtoピアな取引形態が考えられます。そして、業者はその仲介プラットフォームを提供するのみに徹します。これにより、「タイム・シェエアリングによる経済的なクルマの利用」というユーザー視点の本質をそのままに、さらに貸し手という存在を加えたことにより「資産活用」という本質も加わりました。こうして解決された課題を式で表すと、以下のようになります。

 

クライアント/サーバ・システム : P2Pシステム = ステーション型カーシェアリング・システム : 個人間カーシェアリング・システム

 

政治や公共政策について関心が深い方の場合は、情報ネットワークの類比ではなく、政治システムの類比で同様の解を導けるかもしれません。その場合、以下のような四項類推が成り立つかもしれません。(ただ、地方主権システムから水平的ネットワークの構造を見出せないかもしれません)

 

中央集権的政治システム : 地方主権的政治システム = ステーション型カーシェアリング・システム : 個人間カーシェアリング・システム

 

アナロジーの四項類推